怒り

怒りの感情


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怒り

ずっと、書けずにいた。
でも書いていこうとそう思った。
書いていくべきなんだとそう思った。

“せつない”という感情が “怒り”に変わり 
そして今やっと少しだけど、気持ちの整理がついてきた。

前回書いてから、半年近く経っている。
私の後ろには、“パン屋”という看板がついているからだろうか・・・
そもそも、こんな風に、自分のひとりごとを書くべきではないのでは・・・
などと考えたり。

私のこの‘ひとりごとのページ’を楽しみにしていると
メールをいただいたりしている。
すごく嬉しい。書けずにいることを伝えなければと思いながら半年も過ぎた・・

私の心の中には、色々な思いがある。
みんなにだって、そうだと思う。色んな思いを抱えて生きているにちがいない。
私はそんな心の思いを、文章にして自分の為に書いていこうと思う。

先日、ある駐車場での出来事だった。
買い物をして、車へ戻ろうと思い、私達家族は車に向かった。
私は下の子3歳を抱っこしていた。
上の子6歳を助手席へ下の子を後ろのチャイルドシートへ乗せようと、
助手席側のドアで夫がカギを開けてくれるのを待っていた。

その時である。私と子供が立っているその横に車が入ってきた。
その車は私達が邪魔だという感じで狭いそのスペースへ、何の戸惑いもなく入ってきた。
私はとっさに上の子の足がひかれると思い、彼の身体を私の方へ引き寄せた。

その車のタイヤは、上の子の足のすぐ横を過ぎていった。
後1センチでもずれていれば、間違いなく彼の足は引かれていただろう。

その車の中からは、私達をにらみつける男の人が出てきた。
とっさに私はその人に向かって、言いました。
「あぶないじゃないですか!!」と。

その男の人は自分の比を、認めたくないのか、私に向かってこう言いました。
「てめぇーが、ななめに車を止めているからだろうー!!」 と。

ななめってあなた、確かに少しは曲がって止まっているかもしれないけど、
ラインの中にきちんと駐車している。
そんなことが私の子供の足をひきそうになった事への
理由になるとでも思っているのか・・

私は言いました。
「何が曲がっているですか?じゃあ貴方はどうなんですか?
貴方の車はラインを踏んで止まっているじゃないですか?」と。
本当に私達の車とその人の車の間は人が一人立てるくらいの距離です。

そこまで私が言った時、夫が驚いて出てきました。
ものすごい顔で私が怒っているので、彼は驚いたのでしょう。
もちろん相手だってすごい顔をしています。

その人は夫に向かって、「お宅の人がいきなり怒鳴ってきたんだ、
普通に言ってくれれば、こっちだってすみませんってあやまれるもんがよ、
どなられてだまっていられるかー」って。
すごい言葉で色々どなってきてる。

ばかかあんたは、息子の足がひかれそうになって
しかも にらんででてきた相手に普通に話せる?

しかも私は大阪弁でどなったのではなく、標準語を使い、
できるだれ丁寧に言ったはずだ。
夫は私をかばおうと思ってか、私の前に立つので、
私は夫に向かって、「どいて!!」と言いました。

私にはまだまだ言いたいことがたくさんある。

その人は携帯でどこかへ電話をかけようとしている。
仲間を呼ぼうと思っているのか・・・
自分のことなのに、自分で解決ができないのだろうか?

夫はこれ以上ここにいると、私の身の危険を感じたのか、
その人に向かって、「子供もいることだし、こっちも悪かっただろうから、
もう許してやってください。」と言うのです。

私は許してとなんて思っていない、別に相手に謝って欲しいとも思っていない。
私はただ、貴方がやった行為がどれほど危険なことだったのか、
それを伝えたかっただけだ。

夫はまだ言っている。
「子供がいたから、妻もこれほど興奮しているだけで、あやまりますから・・・」と
その時私はもうだまってられなくて、

「貴方に自分の子供の足が目の前で、ひかれそうになった時の気持ちがわかりますか?
 ひかれたらどうしょうと思う親の気持ちがわかりますか?」と
大声で言いました。

相手の人はだまりました。
その時、そばに立っていた息子が泣き出しました。
夫に「もう分かったから、子供の前でそんなにおこるな。」と言われ、
私はとりあえず、子供を車に乗せたほうがいいと思い、
反対側のドアから子供を乗せました。

いいたい事がまだあった私が戻ると、相手の人はもう店の中へと歩いていっていました。
夫が謝ったのだろう。
その人の後姿は“なんでこのオレがあんな女に怒鳴られなならん”
という感じに見えました。

夫は車に乗った後、私に言います。
「相手を見て話をしろ。あの態度や目を見ただけで、
人の話を聞くような相手じゃないことがわかるだろう?それに子供の前で。」と。
相手を見てだって、そんなことあの車をみただけで、大体見当がつく。

普通に生活している人であれば、人が立っている横に、
あんなにギリギリに車を停めたりできないだろう。
私は相手が誰であろうと、あの場で黙っていることはできなかっただろう。

私は自信があった。勝ち負けではないけど、私の言っている事に自信があった。
まだまだたくさんいいたいことがあった。

何度も何度も子供達に駐車場では走らない!! 
いつ車が来るかわからんから、右見て左見てちゃんと注意して歩かなあかん、
そう言ってきてるのに、何でじっと止まっている子供の足がひかれそうにならなあかん?
そんな事が許せるだろうか。

先日息子の友達が亡くなった。
車の事故で・・。その友達はきちんと信号が青でわたっていた。
子供の足でもあと2歩ほどで、歩道に入れるところだった。
車を運転しているその人は、子供が信号をわたっているのを知っていたという。
もうわたりきっている思い、その車は左折してきた。

なぜだろうか、車を運転する人は誰もが加害者になりえることは分かる。
だけど見えていたのなら、どうして最後まで確認をしてあげられなかったのだろうか?

子供なんていうのは、ものを落とせば立ち止まるだろうし、
忘れ物に気づけば急に引き返すことだってある。

どんな動きをするか分からないのが、子供だ。
でもこの時は本当に普通に信号を渉っていただけだ。
なんで思いやりがないのだろうか。

さっきまで生きいてたあの子がもういない。一瞬にして奪っていった。
7歳になったばかりで・・・・
私は生きていることの意味を考えた。
ずっと忘れることはないだろう。

私が書く色々なことが、うすっぺらな気がして、何もかけずにいた。
このひとりごとのページも、それで書くのを止めてしまった。
でも伝えていきたいと思った。
誰かの心に少しでも何かを感じてもらえるならば、私は書いていこうと思った。

お願いです。どうかほんの少しの思いやりを持ってください。
すこしのおもいやりで、何かが変わることもあります。

直接何にも関係のないことでも、
そのおもいやりで後々救われる事だってあるかもしれません。

駐車場でのその男の人にも言いたかった。
少しのおもいやりをもってほしい。私達が邪魔だと思ったのならば、

無理に入ってこずに邪魔だからどいてくれといってくれた方が、そのほうがマシだ。

話せば分かってくれる、そう思いたかった。
危なかったという事を気づいていないなら、なおさらだ。私は伝えたかった。

家に帰ってきて、子供はあの時泣いた理由を
‘自分がひかれる’と思ったからだと言った。

夫は私の事を、本当にこわかったと言っていました。

滅多に怒らない私だ。
多分それだけ他人に怒っている私を見たのは彼も初めてだろう。

本当に怒っていい時があると思う。
自分の感情をストレートに表していい時があると思う。

それがその時だったと思う。
だから後悔していない。
息子もなぜ私があれだけ怒ったのか、きっと分かっていると思う。

子を思う母親なら、誰もが持っている本能だろう。
子供を守るためなら、自分の命だって惜しくない。

今日私が子供に小言を言っていると、
夫は「おかあさんが怒ると怖いよ。だれにも止められない。」
と言っていた...(^^;)

なんだか、ここへ書いて気持ちが落ち着きました。
最後まで読んで下さった方、ありがとうございます。


ここで“怒り”について

うまく怒れないという悩みは意外に多い.
だが,怒りは,生きるエネルギーにも,
人間関係を変えていくきっかけにもなる.
どうすれば,怒りの感情とうまく付き合って,
それを効果的に相手に伝えられるのか.
社会への怒りは,どう表現すればいいのか.

1 「感情を簡単な言葉にする」(「ひどいわ」「頭にきた」など)
2 「同じ言葉を繰り返す」
3 「ストレートに表現する」
4 「いつもの声の高さで話す」
5 「相手の方に体を向け直視する」
6 「話の内容のポイントは『具体的な指摘』」
7 「一回につき一つの怒り」
8 「目の前の、小さなことから実践してみる」
9 「目標を決める」
10 「人間関係の継続を示す、シメの言葉」(「聞いてくれてありがとう」など)

『怒りの方法』辛淑玉著(岩波新書、2004年)より

                                                 2003.1
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